バイマーヤンジンの日記です


by yangjin1
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被災地を訪ねて

20日、21日被災地の陸前高田市に行ってまいりました。

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テレビで何度も何度も見たはずの映像なのに、

現場に立って見ると、何百倍もの凄まじさに圧倒されました。

頭は真っ白に、言葉も出なくなりました。

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何世代、何十世代と、何百年もの歳月を経て、

涙と汗で、コツコツと築き上げた故郷の景色、思い出が

一瞬の間に、これほど悲惨に破壊されてしまうなんて!

地元の方々はどれほどショックだったことでしょう!


そのうえ、大切な大切な家族まで亡くしてしまうと、

生きる気力なんか湧いてくるわけがない。


その深い悲しみを思うだけで、

涙がボロボロと出てきました。

自然に合わせた手も、身体も震えが止まりませんでした。



ご自分の家があった跡地でしょうか、

一人のおじさんが一生懸命片付けをしていました。

とても声を掛けられませんでしたが、

遠くからじっと見守らせていただきました。


広大な瓦礫の中で、

我々人間の存在の小ささをあらためて感じました。



2回に亘り、お世話になった高澤先生と再会をしました。

「こんな惨状の中、よく助かりました!」と

泣きながらも、ほっとしました。

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高澤先生は2年前のコンサートポスターも大事に持っていてくださいました。


「一ヶ月以上電気もガスもなく、そして節水節水して、

食べ物も古い順からひとつひとつ、大切に大切にいただいている。

ヤンジンさん、本当に生きる原点に戻ったよ!」という

先生のお言葉が、痛いほど心に染み込みました。



この先生のお寺は、今でも避難されている方々がいらっしゃいます。

「物資は、ここ1,2ヶ月は大丈夫だろう」とおっしゃっていましたが、

少しでも皆様の足しになればと

10万円と梅干少しをご寄付させていただきました。



お寺が全壊し、全てを津波に流されてしまった

もう一人の先生にも会いに行きました。


避難していたところは元々養護老人ホームで、

子供たちもいっぱいいました。


痩細ってしまった先生の姿にびっくりして、

なにひとつお言葉をお掛けすることができませんでした。

ただただ手を握って泣きました・・・

この先生に支援金として10万円と梅干をご寄付いたしました。


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大阪の永田産業㈱様から預かってきたお菓子は
この避難所「高寿園」の理事長様にお渡ししました。



それから高澤先生のご紹介で、市立高田小学校を訪ねました。

始業式が終わったところでした。

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津波は一階上まで押し寄せ、瓦礫が教室まで流れ込んだそうです。
お伺いしたときには、窓は修理され、教室も使えるようになっていました。
本当に大変だったと思います。

庭では何人かの子供さんが無邪気に遊んでいましたが、

なんとも言えない寂しさに包まれていました。

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以前は目の前に大きな職業専門学校があり、
小学校からは海が見えなかったそうですが、
全てが流され、今では見えるようになりました。


「何人もの生徒を亡くしたうえ、

 住む場所を無くした子供たちが

 100人以上も転校してしまいました」と校長先生・・・


私達夫婦から20万円、義理の母から10万円、5歳の息子から1万円、

大阪の高田美和子様からお預かりしていた3万円、

計34万円を救援金としてお渡しいたしました。


「物資はいろいろと届いておりますが、

 すべてを失った子供たちは

 これからまずは文房具から、そして生活用品まで

 ひとつひとつ揃えていかなければいけないので、

 現金は本当にありがたいです」と


 校長先生が涙を流しながら一生懸命お礼を言ってくださいました。



「子供たちが笑顔と元気を取り戻せるなら、

 これ以上の幸せはありません」と

 私も声を出して泣いてしまいました。

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心優しい木下校長先生。たくさんの悲しみ、悩みを抱えておられるのに、
本当に優しく、紳士的に接してくださいました。

これからも長期的に

この学校の子供たちを支援していけるよう

頑張るぞと心から誓いました。


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高澤先生にご案内いただいて、市内を再度見て回りました。

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昨年講演したホテルも海に浸かっていました。
幸いにもホテル従業員の皆様はご無事とお聞きしています。

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被害を受けた市役所

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たくさんの方々が亡くなった体育館

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運転していた方々はご無事だったのでしょうか。


直に見て、これほど悲惨な状態を知った以上は、

もっともっと支援をしなければならないと強く思いました。



最後に訪ねたのは、

陸前高田市のチベットと言われるほどの

山の中にあるお寺でした。


ここに今は避難されている方はいないのですが、

福井からのボランティアの方々が大勢身を寄せています。



地震のあった当日は

奥様は買い物のため街にいたそうですが、

あまりにも強い地震だったので、

津波が来るのではないかと思ったそうです。



お店の方は「大丈夫!津波はここまで来ないよ」と

おっしゃったそうですが、

それでもお寺が心配なので、急いで車に乗り、

途中渋滞に遭いながらも、普段通らない山道を回って、

ぎりぎり津波から逃れたのだそうです。


しかし、その後、その店のご主人様は遺体で見つかり、

奥様はいまだに行方不明だそうです。


防災意識は皆さんあったと思いますが、

ここまで巨大な津波が来るとは、

誰も予想できなかったでしょう。


奥さんの話によると、

2年前、私が初めて陸前高田市にお伺いした時、

控え室で接待係をしてくださったおふたりのうち、

おひとりが亡くなられたとのことでした。

本当にショックでした。

手を合わせ、心から深く深くお祈りを捧げました。

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その公演会場だった市民会館も無残な姿に・・・


このような方のご家族や地域の方々に

少しでもご恩返しができればと



10万円と梅干をご寄付させていただきました。



体力だけは自信がある私と主人は

是非お手伝いしたいと軍手など作業の準備もしていきましたが、


まず社会福祉協議会などにボランティア登録をしてからでないと

難しいようで、結局労働奉仕はできませんでした。



このことは本当に心残りです。



5月7日、8日、福岡と久留米で

本来は四川、玉樹大地震のチャリティーコンサートを予定しておりましたが、


先日主催者と話し合い、



「東日本大震災支援チャリティーコンサート」とさせて頂くことになりました。



これからも私にできることは必ずあると思います。


魂を込めて一生懸命にさせていただきたいと思います。




最後に、被災地の詳しい地図を手書きで書いていただき、

いわて花巻空港に着いた日にも

差し入れを持ってきてくださいました照井良平先生、



2日間、車を運転してくださいました岩手旅行社の伊勢様に

心から御礼申し上げます。
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by yangjin1 | 2011-04-25 19:26